って黒が言ってた((鼻ほじ))

もういいですよ、と聞こえたので瞼をあける。自分の大人しく組んだ手から顔をあげれば磨き抜かれた鏡の中に、赤と黒で化粧を施された自分の顔と高く澄んだ音をあげる角の飾りが揺れる。
……今日も窓からの日差しが眩しい。

ここにいることが「やるべき事」になってからもう、とても長い時間が経った気がする。ここに来たのは秋の始まりほどくらいなのに。その為に生まれて、やっとこの地に求められるまで同じような暮らしを続けていたからもう思い出も混じってしまったのだろう。不満は何一つない。漏れ一つなく生活の面倒を見てもらい、質素ながら上等の宮の奥に寝起きし、一心の誠実な人々に囲まれている。毎日挨拶をかわしその安寧を願っている彼らと自分の心に嘘偽りもない。
          けれど。            けれど。
昼下がりの強い日差しに心の裾をはためかせられる日は、こうして軒の手すり際に座してもたれるように外を見ることが多くなった。

……ほら、山峯に建てられた宮からは雲もかかることは少なく、今日も谷の隅々まで見渡すことが出来る。春がそろそろこの宮の周りからも飛び立つ頃、麓の村々は葉桜だろうかキラキラと濃くなった緑が雲母の様だ。緑の霞に所々隠されている村への下り坂に急な段が続き、淵の様に一度沢を跨いでこの軒のすぐ下を駆け上がって両隣の山へと続く丁字の道。風は下から走り上がり、前髪をなぜては宙返りをする。

春の祭りの時にはここを村の皆がめいめいに登ってくるのだ。まだ息白い中を松明に照らされて母親はその年七つを越える子供を連れ、家族達はめいめい着飾って。祭の煌びやかさは以前見た物と比べようもなくみすぼらしいものだったが、一目で年一番の楽しみになった。
あの笑顔達が、喧騒が、かしましさや泥まみれさが、自分が守るべき「生きる」という事なのだ。
鮮やかで、暖かくて、瞬くもの。

そして、私が見送らなければならないもの。
けして、まじってはいけないもの。


……また、風が吹いた。なぜかとても嬉しそうに。
つられてその来た先に目をやれば、丁字道の急登坂をかけてくる娘がいる。なにか、嬉しいことでもあったのかにやにやと顔全体をほころばせて弾むように息を切らせて走っている。この葉桜の、若葉のように髪を艶めかせ汗をかいて。他に動くものも無い昼下がりに、目は自然とその子を追っていた。

見覚えがある。下の弟が七を超えたばかりの麦畑の娘だ。祭ではしゃぐ弟を抱えて一緒にはしゃぎ怒られていたのを覚えている。

娘は流石に辛いのか、坂の途中で立ち止まり背負子をかけ直した。手の甲で汗を拭き背を伸ばした……時にこちらに気がついた様だ。わたわたと慌てて襟をただしてほこりを払い、ぺこ、とお辞儀をしてくれる。その様につられて。本当に、思わずに手を振っていた。もしかしたら、村の人とひとりであったのはこれが初めてかもしれない……、と揺れる自分の手を感じていた。

娘はその様子を不思議そうに見て、こちらが手を振っていると知ると、……ぱっと顔を輝かせて。

手を振ってくれた。

陽の光をうつす、狐色に焼けた腕を思い切り伸ばして。
服の裾が崩れるのもかまわず、音の出そうなほど勢いよく。
満面の笑みの鼻の頭に汗の珠を飛ばして。

まるで心おけない友達の様に。


そのまま娘は村へ走り出し、ぼぅっとしてる間にまた視界には緑と道しかなくなってしまった。風も、あの子の後を追ったのか止んでしまって前髪を揺らすのは俯く自分だけだ。

あの子、ちゃんと暮らしているのだろうか。
背負子の中身は山菜だろう、今日は取れたのだろうか。肩の線のあってない着物はお下がりだろう、髪結いがほつれていたのは手作りだからか、一つだけ色の浮いていた帯に付けた飾り留は誰かからの貰い物なのか。
――もし。
――――もし、私と、私が送っても、またあの笑顔で。






黒「…………という様な【憧れと大切さとにまじってちょっとほの暗い独占欲】というのが緑への恋心に混じってる。の。」
黒「なお、過去とかそういうものでない、完全な説明VTR。」



私「ねえ、これ過去エピソードでも無い上にただの感情を説明するためだけにこんな長いドラマ見せられたの?」