空のひらける 2

真っ赤に燃える火の水が、白い煙を吹きだす。うねりながら闇の中を沈んでいく。
煙は粒となり、粒は濃淡を作りながら浮き上がっていき……火は固まって眠りについた。粒たちは雲になり、初めての雨が降った。
そのころに、旦那様たちの形ができたのだと。そう知っている。
火たちが作った固い地の皮は身じろぎをするたびに高いところと低いところを作りだした。低いところに雨が溜まり、海や川になった。
大きな力から旦那様たちが別れて一つの魂として丸まって、自分の形を作り世界の輪を回すお仕事を与えられた。
そして、そのお手伝いに旦那様は「私」を作った。ずっと、ずっと前のことなのだ。

「私」に与えられたのは、流れることだった。風に流され山肌に触れて天辺を撫でちぎれて、また別の海の上。
雨になり、地に落ちて土の中を通り、石に露と宿り滴って川を成して海に帰り、日に照らされてまた空へ。
様々な土地を見下ろして空に横たわり、様々な気候に姿を変えて岳の間を巡る。違う土地を旅した「私」と交わりその記憶を心を気持ちを感覚を共にして一つの「私」にまた戻り、進む。
旦那様より他の方々は「雲」と呼んでくれる。「風」達は土地によって性格が違うけど、「私」と同じ作り方の仲間だ。空は風達でできているからどこに行っても独りではない…寂しくはなかったし、感じる全ては共有されて言葉もいらなかった。伝えたければ混ざればいい、個というものはなかった。

どれほど混ざり合ったころだろうか。
見下ろす地の皮の表面に緑色の動くものが生まれ、風たちの色が変わり始めた。動くものたちは「私」を必要としているらしく、旦那さまからも新しいお役目としてそのイキモノたちの中をなるべく通るようにと伝えられた。
動くものはどんどんと増え、手足が生えたり巣を作ったり瞬く間に形を変え増えていった。モノたちは海となった「私」の中から地へ這い出し、歩き、立ち上がった。驚くほど速く生まれ、驚くほど早く死ぬモノもいれば緑色のものと同じくらい長く生きるのも、「私」に話しかけるものまでいた。
「私」以外の意志と触れるのも、モノたちの中を通り抜けるのも楽しかった。彼らの中から見る「私」は同じものとは思えない程違う姿尾を持ち、時に糧となり時に敵となった。冷たく固まった「私」を憎まれるのも、清流になった「私」に感謝されるのもキラキラするような心地だった。
ある動くものは「私」みたいに塊を作って暮らした。生まれて泣いて笑って戦って…何より彼らは互いに皮の袋に入っているから混ざり合えないようで、心を伝えるのに音やにおいを使っていた。特に音には限界があったから、すれ違ったり争ったりする。けれどその音は時々「私」や旦那様方を震わせるほどの波を起こした。この音を使う不思議な生き物を旦那様たちも私も風もとても気に入っていた。

…その年はたしか、嵐の役を任されて東の海で空に上がったんだ。
熱い海の上でまた雲になり、渦を巻く風に乗って暖かい空気の縁を唸りながら進んでいく。陸地に足をかけて、雨を降らせながら小さく、小さくなって……冷たい風たちにこねられ、だんだんと体が縮んで……拵えた嵐の終わりの最後の雨の一粒に「私」をかき集めて地上へと落ちていく。

地平を覆えなくなった「私」の隙間から大地の初めに見た火のような色の光が差し込んで、空気ににじんで影が紫色に染まるころだった。
落ちて、落ちて、落ちて―――地面に、つくんだと思ってたんだ。

ぽとんと落ちた先は柔らかくて―――気づけばそれはイキモノの口の中。それが、一番最初の黒との出会い。